OOYACOFFEE BAISENJO

クグロフを抱いて


<冬>


ツルミ製菓 連載 

「クグロフを抱いて」

フランスにはコンフィチュール・ド・ノエル(クリスマスジャム)というものがあるらしいと雑誌か何かで知って、20歳の冬にフランス東部にあるアルザス地方を訪れたことがある。パリ東駅からTGVという高速鉄道に乗って約2時間半、コルマールという小さな町に着くと、ぽっちゃりしたおばさん達と可愛らしい装飾の家々が立ち並ぶ景色が目に入った。

やさぐれたパリの雰囲気と打って変わって、まるでシルバニアファミリーの世界に迷い込んだかのようだ。先ずは腹ごしらえをと、街をぶらぶらしながら適当な屋台を見つけて、ベーコンや玉ねぎが散りばめられた熱々のタルトフランベを頬張り、ビールで喉の奥へと流し込む。小腹が満たされたら、ビスキュイトリー(クッキー屋)を探してショーケースに並ぶ沢山のサブレの中から気になるもの幾つか選び、袋から取り出してポリポリと食べながら散歩のお供にした。するとあっという間に夜ご飯の時間である。電話で予約する度胸なんて無かったから、なんとなく美味しそうな店にふらりと入り、細長い独特な形のワイングラスてアルザスワインを飲みながらシュークルートやエスカルゴをお腹に収めた。なんだか優雅に聞こえるかもしれないが、一人旅である。食欲絶頂期だった若かりし頃の私をもってしても、大量の芋、豚、小麦の連続に、半泣きになりながら食べたのを覚えている。1人旅だと夜ごはんが辛い。翌日はホテルにタクシーを呼んで、いざコンフィチュール・ド・ノエル のあるメゾンフェルベールへ。コルマールから車で15分くらいでメゾンフェルベールのあるニーデルモルシュヴィルに着いた。タクシーのおじさんにちょっと待っててと伝えて、メーターを気にしながら大急ぎで店内を物色。
お店の中にはお菓子やジャムの他にも、よろずやのように新聞や生鮮食品なんかが並んでいる。これは今も治っていない悪癖だが、私は興奮するとあと先考えずに目に入ったものをとりあえず買ってしまうたちで、例に漏れずこの時も(タクシーを気にしていたのもあるが)一人旅だというのを忘れて大量のジャムとケーキとパンを買い込んでしまった。アルザスにはクグロフという菓子パンがあって、これも名物だからと1ホール(成人の頭くらい大きい)丸ごと買って帰ったから、この日の晩ご飯はもうこれを食べるしかなくなってしまった。ホテルのベッドに座り、ドライフルーツやナッツの沢山入ったコンフィチュール・ド・ノエルをクグロフに乗せて一口。暖炉やキャンドルのある温かなアルザスの食卓が一瞬頭に浮かんだけれど、 ここはうすら寒い安ホテルである。想像したよりもパサパサとしたクグロフが喉につまり、巨大なパンの塊が全然減っていかない。お腹が膨れていくと共に、「こんな風に食べるもんじゃないよな」と妙に気持ちが冷めていき、フランスの片田舎まで来てパサついたパンを貪り私は一体何をしているんだろうと虚無に陥った。

しかしこれがその時の私にできる精一杯だったのだ。ひとりでアルザスくんだりまで来たのだから良しとしようという慰めも虚しく、急に襲ってきた寂しさと乾いたパンの満腹感に耐え切れずにその日は食べかけの巨大なクグロフを抱いて不貞腐れるように寝たのであった。

冬の鶴見さん監修のジャムは「ベラベッカのジャム」です。
刻んだドライフルーツとローストしたナッツを、スパイスとかりんのジュースで炊いたジャムです。ドライフルーツとナッツをふんだんに使っているので、ごろごろしていてとっても満足感のある楽しいジャムです!