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柑橘という宇宙船


<春>


ツルミ製菓 連載 

「柑橘という宇宙船」

ここ最近はコロナの影響で行けていないが、以前は毎年冬になると宇和島の柑橘博士のところへ収穫の手伝いに行っていた。

宇和海に面したリアス式海岸はかつて「東洋のナポリ」と評されたように、青い海とのコントラストが美しく、海風の当たる山の斜面には段々畑に柑橘の木が植っていて、季節が変わるごとにさまざまな景色を見ることができる。

初夏になれば宇和島半島がみかんの花のムンとした香りに包まれ、冬になれば至る所に黄色や橙色の丸い果実が溢れる。収穫の最盛期になると、鳥がつまんだり収穫中に落としたりして木から落ちた柑橘が道端にゴロゴロと転がっているのだ。人ん家の庭先に実った夏みかんや、箱に詰まった柑橘しか見たことのない人には少しシュールな光景かもしれない。

あるとき、柑橘博士の運転する軽トラの窓からたわわに実った柑橘を眺めていたら、「おまえさん、なんで柑橘の形は丸いか知っとるか」といって、その理由を教えてくれたことがある。

「あれはな、木から落ちて山の傾斜をコロコロコロと遠くまで転がっていきやすいようにできてるんよ。そうしたらまた違う場所で発芽して、そこで根をはって子孫を残せる。人も動物も丸いもんに目がいくから、なんとなく魅力的に見えるやろ。丸い形が気になって、手に取りたくなるようにできている。柑橘も、地球も、目玉も、おっぱいも丸い。あんたさんもおっぱいが好きやろ」

といってガハハと笑っていた。

おっぱいのことはとくに好きでも嫌いでもない。

少しいい加減な感じもするが、聞いているとなるほど合理的にできているような気がする。

「それから柑橘の皮。あれは、宇宙船みたいな構造なんよ。油を沢山含んだ外皮の部分が果肉の乾燥を防いで、白いワタの部分は断熱と空気清浄機のような役割。そうやって外の環境から大事な果肉を守っとるんよ」と続けた。

窓から入り込む潮風に吹かれながら博士の話を聞いていると、目の前の畑になっている柑橘を今すぐもぎとって撫でたいような衝動に駆られる。

普段何も気にせず頑丈な皮をむいて口にしていた柑橘も、そうやって説明されたらやけに愛おしく思えるではないか。

その翌日、ボーッと考えごとをしながら収穫の手伝いをしていたら、足を滑らせてバケツいっぱいのブラッドオレンジをひっくり返してしまった。仕事が増えるだけの迷惑な手伝いである。

「あ~っ!」と叫び声をあげるも虚しく、ブラッドオレンジは急な斜面を勢いよくゴロゴロゴロと転がっていき、途中石にぶつかったものは飛んだり跳ねたりしながら、あっという間に目の届かないところまで消えていってしまった。

ため息をついて項垂れ、まだ木になっている残りのブラッドオレンジに目をやると、まるで、ズラリとならんだ丸い宇宙船がどこか遠いところへと飛んでゆく準備をしているかのように見えて、なんだか少しゾッとしたのだった。

おしまい。

 

春の鶴見さん監修のジャムは「苺と晩柑(紅八朔)のジャム」です。