OOYACOFFEE BAISENJO

桃のうぶ毛


<夏>


ツルミ製菓 連載 

「桃のうぶ毛」

蝉がミンミン鳴きはじめると、「今年もそろそろ桃を買うかな」と思い出す。子どもの時は、夏になると誰かしら山梨や福島の桃を送ってくる人があって、切ったあとにキンキンに冷やして色が変わったような桃が晩ごはんの後よく食卓に登った。 桃が我が家にやってくると台所がいい匂いに満ちて気分が良かったし、食べると美味しい果物だとは知っていたけれど、その反面、触ると果皮のうぶ毛がチクチクと手に刺さるのが気持ち悪くて、なんだか鬱陶しい果物だなと思っていた。

オジサンと呼ばれる歳になって熊本に数年住み、料理家の細川亜衣さんと親しくなった。それまで桃といえばもっぱら生で食べるかコンポートにするくらいだったけれど、彼女と出会ってから、夏が来るたびに新しい桃の食べ方を教えてもらい、自分のなかの桃の美味しさが毎年アップデートされていった。豚のかたまり肉とローストした丸ごとの桃、パンケーキに乗った桃のスライス、桃ジャムを溶かして飲む冷たい牛乳、皮ごと凍らせた桃のソルべ、トーストが食べ進まないときに乗せる白桃と粗糖…挙げればキリが無いが、どれひとつとしてその美味しさを忘れることができない。

最近は、桃を食べたり調理しているときにその匂いを追いかけることに凝っている。いわゆる白桃の香りから、金木犀や、夜香木や、梔子(クチナシ)や、バラの芯みたいな、花の香りに似たニュアンスを感じて一人うっとりしている。⻩桃からは 何処となく海の匂いがする…ような気がする。

数年前、オオヤさんに桃とコーヒーがよく合うことを教えてもらって、これにも驚いた。あの薄ぼんやりとした瑞々しい果物にコーヒーは強すぎるような気がしていたけれど、用意してくれたマンデリンと一緒に食べると、なるほど、飲み込んだあとに不思議と味の輪郭がはっきり浮かび上がる。何と食べるかによって、こんなにもドラマティックに味が変化する果物もなかなか珍しいのではないだろうか。
と、まぁ歳をとって桃の楽しみ方も色々と知ったわけだが、皮のうぶ毛、これだけは変わらず鬱陶しい。桃のうぶ毛さえ、恋人か誰かがきれいに洗い落としてくれるなら、あとは如何様にも美味しくして食べさせるのだけど。

夏の鶴見さん監修のジャムは「白桃のジャム」と「白桃とアマレットのジャム」です。