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栗と嵐


<秋>


ツルミ製菓 連載 

「栗と嵐」

熊本に住む以前から、鹿児島にほど近い人吉という町の栗農家へたびたび足を運んで収穫の手伝いをさせてもらっていた。老夫婦が営むそこには栗畑のほかに、桃の園地や自家消費用の野菜の畑があり、秋になるといい匂いを放つ大きな金木犀の老木なんかも植えられていて、東京から来た私にはまるで楽園のように目に写った。栗の収穫は大きな籠を持ってトングを使い、木から落ちた毬栗をひたすら拾っていく。

籠いっぱいに採れたように見えても、そのほとんどはイガであって栗は大した量にならない。中身が痛んでいないか見極めながら中腰で栗を拾っていくのは意外と重労働だ。毬栗がある程度集まったら今度はベルトコンベアー式の機械にかけてイガと実を分けていく。振り分けられた栗の実は次に水を張ったコンテナに移されて、きれいさっぱり洗いながら浮いてきたダメ栗を選別する。最後に大きなタオルで栗の水気を綺麗に拭き取り、はれて出荷用の段ボールに詰められる。その一連の作業を手伝わせてもらいながらふと農家の方たちを見ると、まるで産まれたての赤ちゃんを扱うように微笑みながらバスタオルで栗の水気を拭いていたのが目に入った。

こんなに大事に作られているのかぁと感心して、それ以来わたしも栗を剥くときにその光景を思い出すようになった。子供を慈しむように育てられた栗である。台風が九州へ接近する度に、熊本の栗が未熟なまま落ちてしまわなかっただろうかと心配になる。数年前の台風の日、いてもたってもいられず栗農家の方に電話をかけると「やはり嵐のことは心配です。皆頑張ってきましたからね」と暗い声で話す老婦人。一年をかけて大事に育てていらしたから気が気じゃないのだろうなと思っていたら、「コロナで解散コンサートもできるかどうか」と続けた。

台風は熊本を直撃せずに何処かへ逸れたらしく、彼女はそれよりもジャニーズの嵐が解散してしまうことを憂いていた。どうやら農作業中にラジオから流れる嵐の曲を聴いてファンになったようだ。私の心配は杞憂で、農家って結構逞しいんだなと思った出来事であった。

 

秋の鶴見さん監修のジャムは「栗と京番茶のジャム」です。